アラン・ルノーは、西洋の近代の骨格をなす主体、個人というテーマをめぐるフランスでの論客として有名です。構造主義によって「人間の終焉」(実際には「人間」という「近代の概念」の終焉と言うことなのですが)が叫ばれましたが、それに対して、一部の構造主義に見られる機能主義に対して、「人間」と「主体」を中心に据えよう直そうという立場です。主体性哲学、正義論、民主主義論、主権論といった政治哲学の基本的な問題に関する考察を深める一方で、現代社会の具体的な諸問題-社会主義、共和主義、コミュノタリスム、ネオ・リベラリズム、多文化主義、ジェンダー-に関しても積極的な発言を続けています。

実践的な政治思想家でもあり、今回のビジコンのテーマである「大学改革」の問題に関して言えば、フランスでの大学改革の指針を決定する中枢部で重要な役割を果たしています。2001年7月16日に当時の文部大臣ジャック・ラングに大学の将来像を描いて欲しいと委託されたアラン・ルノーは、フランスの大学改革の骨子を2002年に答申しています。今回のビジコンでは一つの叩き台となりうるものなので、大学像の歴史と現実と未来を見据えたその答申を以下に簡単に紹介します。

ルノーは「専門知識を伝える」「一般教養を促進する」「そして学生たちがもっとも適職に就けるような準備をする」という大学教育の3つの目標をどのようにすれば達成できるのかということの諮問を受けました。その考察と提言は、200125日に中間報告として提出されました。そして2003年末には最終報告がなされました。

中間報告では、フランスの大学の今後の行き先が明快に語られているので、かいつまんで紹介します。討論の際の参考にして下さい。

彼は、次のように大学教育の問題と提言を整理しています。

すでに1888年に、共和国にふさわしい形に大学を再建するために、Louis Liard氏によって、大学の専門化に伴う弊害をなくそうという論議がなされていました。

知識を孤立させ、目標や総合的な視点を提供することのできない「狭い意味での専門性」に対して、それらを結びつけることの必要性を確立しようと考えたのです。もし科学が知性であり、知性とは結びつきであるとすれば、専門という暗礁に対して「一般教養文化へ専門を従属させる」ことを目標に掲げるべきではないかという議論をリアール氏は提起したのです。

  それから110年たった今日、こういった観点から見て、大学教育はどうなっているのでしょう。

 1997年に、当時文部大臣であったBayrouは、すべての大学一般課程修了のために、授業時間の20から25パーセントを「一般教養文化や表現の単位」にあてるという政令を出しました。しかしこの措置は、大学側からの抵抗にあって失敗に終わったようです。

 一般教養文化というものがはっきりとしないままだったので、基本的な教育の外部にある全てのものを指すようになってしまい、それによって得られる知識は、補足的もので、専門知識を高めるものとは関係のないものと考えられるようになってしまったのです。

 しかしながら、実際には、大学の全ての領域で、専門知識の文化や知識の環境を形成している一般教養文化が存在していることは確かです。例えば生命倫理や法律の問題やバイオ技術の問題などを知らずに、医者を教育することはできません。

 実際職業に就く際にも、高度に専門的な知識の習得だけでなく多様な要求に広く対応できるような教育課程を作る必要があります。

 こういった観点からすれば、1997年の政令は失敗したとはいえ、専門化に必要とされる文化的な資格によりしっかり根付いた知識を考慮に入れた専門教育の再均衡化を図らなければならないことは明白です。

 こういった視点からすれば、ヨーロッパの高等教育システムの良好な関係は、好ましい機会を形成していると言えるでしょう。ヨーロッパ内での学生の移動を助成することは、教育にさまざまな可能性を生み出します。学生がより流動化するという目標と、それぞれの大学やそれぞれの構成単位の中で質的に今までにないようなオリジナルなコースが存在することで魅力を持つようにするとった目標は、公の場で分析されるべきだと思います。

 このような文脈で言えば、基礎専門知識への接近と一般教養文化の間を熟考し再構成することは、横断的な専門知識を発展させることに役立ち、あらゆる領域(学生の流動化、知識の流動化)の可動性を広げていきます。そして、こういったことが実現しなければ、大学は意識形成や本当の意味での現代の合理性の形成においてその役割を演じることができないのではないでしょう。

 こういった目標が実際に形を作れるように、中間報告は、いくつかの仮提案をします。

方法の提案

1) 中間報告の大学学長と諮問機関への伝達

2) L'ECTS (European Credit Tranfer System-ヨーロッパ内信用伝達システム。これはヨーロッパ内の大学の単位互換を実現するために提唱された制度)の設置による大学教育の再構成と革新へのよびかけ

3) 大学改革監査局の創設。主導性を持って取り組んでいるか調査し、それを査定、公表する機関。

4) こういった改革に関する提案アピール。改革には、こういった目標を検討すると宣言した大学やUFR(教育研究単位)に向けた教育者たちのポストを創設することも含まれる。

専門知識と一般教育の間の再均衡化に関する提言

1) より自由に、柔軟に、より多様に、そしてこれは1997年の政令に欠けていたことだが、より現実的に、一般教養文化のさまざまな構成素を取り入れるよう大学に奨励する。ここでいう一般教養文化は、基礎教育の付録としてではなく、それ自身基礎教育として、あるいは専門基礎教育と密接な関係を持つものとして考える。

2) 一般教養文化の構成要素の中に、関係する学科に応じたやり方で、ヨーロッパ文化のモジュール(教育単位)を入れることを奨励する。

3) 学科目考察委員会の設置。この委員会は、それぞれの教育レベルのために各学科目の文化的および認識論的な成立環境を明らかにすること、そしてその考察結果を大学の教育単位や学科に伝えることを任務とする。委員会の考察結果は、大学卒業資格のひな型を作成する際に、大学の教育単位や学科によって(重要度はそれぞれの大学の教育単位や学科に一任されるが)考慮すべき構成素として取り扱われる。

コースに関する補足提案

1. 学士号は、専門知識教育と卒業資格に対応する学科や諸学科の一般教養文化とが結びついて構成される3年間の第一修学課程に属することをはっきりと明言する。

2. 教育課程として(修士課程に進む)第二のコースを定める。この中では、論文を書くことより教育に重点が置かれる専門教育(TDコース、いわゆる演習)の一年目となる第四学年に、人間性に関わる教育を再び涵養することを奨励する。修士論文は維持されるが、もっと限定された形で、研究方法の習得により重点を置いたものとし、現在の人文系科目に割り当てられている配点よりも明白に低いものとなる。